ヨリタノムナリ ヨリカカルナリ 彼岸会法話
茨木のり子さんに、「倚りかからず」というよく知られた詩があるので最初に読ませていただきます。
倚りかからず
茨木のり子
もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
今日、秋の彼岸会および報恩講の案内ハガキに、
ヨリタノムナリ
ヨリカカルナリ
と、親鸞聖人の書かれたものから、カタカナで14文字を引きました。
「ヨリタノムナリ ヨリカカルナリ」、茨木のり子さんは「倚りかからず」とおっしゃいましたが、最後に「倚りかかるとすれば」、それは「椅子の背もたれだけ」だと詩を終わっています。
じつは、茨木さんも親鸞聖人も同じことをおっしゃっているのではないかと、ハタと感じたのです。
ヨリタノムナリ
ヨリカカルナリ
親鸞の7文字×2のカタカナはどこに書かれいたかと申しますと、親鸞聖人の著書『教行信証』の「行」の巻、そこに引かれた善導大師の「六字釈」の文章に、言葉の説明として、文字の左側に書き込まれた「左訓」と呼ばれる、言葉の説明です。
ここに、その善導大師の「六字釈」のどこに「ヨリタノムナリ」「ヨリカカルナリ」と記されていたか、その字を赤字で記しました。
シカレバ「南無(ナム)」ノ言(ゴン)ハ帰命(キミョウ)ナリ 「帰(キ)」ノ言ハ 至(シ)ナリ マタ 帰説(キエチ)ナリ 説(セチ)ノ字マタ帰説(キサイ)ナリ
「南無」というのはインドのあいつさに「ナマステ」というのがありますが、「こんにちは」というあいさつです。「おはよう」でも「さようなら」でも使える。近所のコンビニにビールを買いに行くとき、ネパールから来た店員さんがレジを打つとき、いつも「ナマステ」とあいさつを言いあっています。
この「ナマステ」の「ナマ」と「南無阿弥陀仏」の「ナム」は、実は同じなのです。つまり「南無阿弥陀仏」は阿弥陀如来に対してのあいさつ、直訳しますと「よろしくお願いします、阿弥陀さま」という意味です。
「ヨリタノムナリ」「ヨリカカルナリ」は、この「南無」を説明する言葉として現れているのです。
私たちはいま生きていて、いろいろなものに倚りかかって、それを頼みにして生きています。
ここで茨木のり子さんの「倚りかからず」の詩に戻りますと、この詩は茨木さんが70歳を越えてから書かれたものです。
これまで茨木さんがたどられた人生が、端的にこめられた詩です。
これまで頼りにしてきたもの、倚りかかってきたもの、それは思想だったり、宗教だったり、学問だったり、もっと身近に言えば仕事であったり、家族であったり、自分の体であったりします。でもそうしたものたちは、頼りにして倚りかかってきたけれど、いつの間にか消えて無くなっている。
じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて
と茨木さんは言います。いま彼女は耳が聞こえ、目が見えて、二本の足で立っている。でもそれさえも、じつは頼りにならない、いずれは倚りかかってはいられないものとなる。
さしあたり、身のまわりを見回すと一脚の椅子があり、その背もたれが、わたしを支えてくれている。
わたしたちにとって、頼りにして寄りかかって、そのうえ大丈夫だと思っているものとは、なんとまあ儚いものでしょうか。
茨木さんがさいごまで頼りにして寄りかかってきたものは、「私」というものでした。その「私」が頼りなくなる、寄りかかってはいられなくなる。
そしていずれ、寄りかかるものを失い「私」は倒れる。
倒れる「私」をやさしく受けとめてくれるもの、疲れ果ててどぅっと座り込んだ椅子の背もたれが、わたしを優しく受けとめてくれる。
南無 椅子の背もたれ
というところでしょうか。
おわかりでしょう。いま生きている「私」が頼りなくなる、寄りかかってはいられなくなる時、どぅっと何もつかまるものもなく仰向けに倒れてしまう時、そっと背中から受けとめてくれる存在。
「ヨリタノムナリ」「ヨリカカルナリ」
南無阿弥陀仏の「南無」とは、阿弥陀仏が手を広げて「命」をキャッチしてくれてることを現してるのです。



コメント