top of page

 2018 年の春、ふたりの子どもが世話になっている保育園の保護者会の役員に選ばれて、会長に任ぜられた。最初は断ろうと思ったのだが、次男が園に在籍するのは今年で最後、長男と合わせると八年近く保育園とおつきあいした。息子たちが幼年期を過ごした場所を、親としていまいちど見渡してみたいという思いに衝かれ、会長を引き受けた(生まれて初めての会長職)。 さっそく仰せつかったのは、入園式で新園児とその父兄の前で祝辞を読むという仕事。祝辞の例文集も渡されていたが、自分の言葉で語りたかった。入園式の朝、早起きをして文案を練った。 以下、その祝辞文である。書きながら、まだ言葉以前の世界にいる新園児に話すというより、園児たちの父母をはじめとする大人たち、いやそれ以上にふたりの子どもの親である私自身に向かって問いかけている気がした。

 この保育園の祝辞には、いくぶん私の考える浄土の教え、弥陀の本願のあり方が投影されている。徳正寺のホームページの作成にあたり、ある日の住職の表白(ひょうびゃく)として再録する。

徳正寺十八世住職

​釋 源祐

─────

春の言葉

─────


 さて、みんなにとって今日はどんな日でしょう。
 きっとこれから、お母さんやお父さん、おじいちゃんやおばあちゃんといった、いつもいっしょにいる大好きな人たちからはじめて離れることになるので、とても緊張しているのではないでしょうか。そんなことを聞いたら、泣き出したくなるでしょう。
 でも大丈夫。けっして離れるということはないからです。
 でも今日からみんなは、はじめてひとりということを感じるでしょう。みんなのお父さんやお母さんにとっても、今日はきっとひとりを感じています。
 まわりを見まわすと、ここには、はじめて見る顔、はじめて見る窓、はじめて見る天井、はじめて見る先生、はじめて見るおじさん。このおじさんはやさしいかな、こわいかな、そんなことを思ってるのではないでしょうか。
 みんなは、はじめてのものばかりに囲まれています。これは、とっても不思議なことだと思います。
 お父さんやお母さんは、みんながこの世に生まれてきたとき、はじめてあなたに会いました。そのときも、みんなははじめてのものばかりに囲まれていました。
 子どもが誕生したとき、命がここにやってきたという大きな喜びと共に、わたしは心臓が張りさけそうになるくらい不安な気持ちになったことを覚えています。その不安な気持ちはほんの一瞬でしたが、思い返してみると、はじめて両親と離れて幼稚園にやってきたときの、あのひとりぼっちになったときの不安と似ていたかもしれません。
 ひとはときどきひとりぼっちにならないと大きくなれないのです。
 たとえば、お母さんから生まれてきたとき、あなたもわたしも、生まれてはじめて一人になったときでした。生まれてきた子どもは、「オギャー」と泣き声をあげるでしょう。あれは、はじめてひとりになって驚いてるのかもしれませんね。でも、ひとりじゃないとすぐ気がつくでしょう。お母さんがすぐ横にいるとわかるからです。

 「慈悲」という言葉があります。わたしは見てのとおり、髪の毛はありますが、僧侶、お坊さんをなりわいとしております。「慈悲」とは仏さまが私たちをいつくしんで情をかけてくださっていることですが、「はぐくむ」という意味もございます。「育む」という言葉は、今では「養い育てる」という言葉として使われておりますが、仏教の世界では「慈悲の心」を指して、「助け護る」という意味をもっているのです。
 ひとはひとりぼっちを感じるとき、じつは「慈悲」という心をどこからかかけてもらっていることに気がつくのです。愛情と言ってもいいでしょう。赤ちゃんが最初に受けとめる愛情は、お母さんやお父さんからのものです。そうやってわたしたちは育まれてきました。つまり、「慈悲」の心によって助け護られてきたのです。

 今日、みんなはひとりぼっちです。でも、今日からみんなは、たくさんの友だちや大人たちと出会うことになります。その友だちや大人たちといっしょに過ごすことで、はぐくまれていくのです。

 「でも大丈夫。けっしてひとりぼっちじゃないよ」と言ったのは、そういうことでした。
 
 最後に、ひとつ子どもの詩を読ませていただきます。
 『きりん』という子どもの詩の投稿雑誌が半世紀以上も前、大阪から出ていて、もしかしてここに来られているおじいちゃん、おばあちゃんの中に『きりん』をご存知の方もあるかもしれませんが、今から読む詩は、一九五七年六月号の『きりん』に載っていた、石川県の小学二年生の女の子の詩です。

 

 


こころ

人げんは 生まれたとき
こころがない それで
おしっこたれする
ごはんを たべるようになると
お米の中の、神さまが
心になる。
だんだん 大きくなって、
たくさん ごはんをたべ、
どっさりこころになる。
      

(『きりん』1957 年 6月号)

 

 


話が長くなりました。みんなもおなかがすいてきたことでしょう。 
ごはんをたくさんたべて、どっさり「こころ」をはぐくんでください。

 

bottom of page