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執筆者の写真釋 源祐

盆会法話

 先月、次男といっしょに白川へ釣りに出かけました。

 次男のセツが、わたしの年配の知人から長さが1.9メートルの白い柄の小さな竿をいただいて、これを使って釣りがしたいと言うので、釣具屋さんに出かけて、出来合いの仕掛けと餌と替えの釣り針など、店の人に見つくろってもらって、ひと揃いの釣り道具セットも準備しました。

 日ごろ釣りなどしたことのないわたしが、ちゃんとセツの竿に仕掛けを結んでやることができるだろうか。年配の知人が曰く、釣りの美学は「結びに始まり、結びに終わる」と聞いていました。わたしは結ぶことが大の苦手なうえ、このごろは老眼が進んで、指先の小さな作業がままならないようになっています。老眼鏡を忘れずカバンに入れました。

 セツと自転車に乗って、祇園から白川をさかのぼって、岡崎公園の近くまで来ました。車通りのない川沿いの道で、以前、ここでハイジャコを釣ってるおじさんを見かけたのでここを選びました。そのときは二センチとか三センチの小さなハイジャコが釣れていました。

 曇っているが蒸し暑い日で、慣れない手つきで仕掛けを竿につけ、ハエ釣り用のけばけばしい赤色をした練り餌を針先につけてセツに持たせました。川に降りて一投目。引きあげたら、糸がもうこんがらがっていました。セツは早く、早くと、待っています。もう一本持ってきた竿を伸ばして、こちらにも仕掛けを取りつけてセツに竿を渡しました。セツも竿を振るコツを次第に覚えて、ポイントを変えながら、いろいろ試していました。いっこうに魚の姿は見えません。餌がなくなった針に、せっせと赤い練り餌を丸めてくっつけていました。

 老眼鏡をかけて、もつれた糸をほぐしていると、「あっ、あっ」と声があがって振り返ると、セツが「釣れた、釣れた」と竿を立ててこちらにジャブジャブとやってきます。もう川に入ってずぶ濡れで釣ってたのですね。糸の先に魚がぶらさがって空中を旋回しています。セツが何とかしてくれと、竿を回してきたので、釣りあげた魚は気がつくとわたしの手の中で踊っていました。10cm弱のヨシノボリでした。釣れた、釣れた、ほんとに釣れたとセツと喜びました。

 さて、針を外そうとするが、ヨシノボリは喉の奥まで針を飲み込んでいて、強引に引っこ抜こうとしてもうまくいかず、口をこじ開けて指を針の引っ掛かっているところまで突っ込んでやっと外すことができました。手の中でヨシノボリがだんだんぐったりとしていくのが分かりました。ブラスチックの水槽に放ったときには、もう腹を向けてヨシノボリは虫の息でした。セツが心配そうに見ながら「死んだん?」と尋ねます。釣れたのは嬉しいのですが、なんとなく困ってしまって、セツに「持って帰って食べよう」と言いました。そうしたらセツも「そっか、食べられるのか、この魚」というような顔をしました。

 太い指を喉にねじ込まれ、エラの奥に突き刺さった針を身ごとえぐり取られ、切りさいなまれた末に死んだヨシノボリが浮かばれなくもありました。そのまま川に流してしまうことは、どうしてもできないことでした。釣った魚は食べてこそ「いのちをつぐ」ということなのだと、セツもわたしも感じていたのでしょう。


 「いのちをつぐ」とは、「歎異抄」に出てくる言葉です。


また、「うみかわに、あみをひき、つりをして、世をわたるものも、 野やまに、ししをかり、とりをとりて、いのちをつぐともがらも、あきないをもし、田畠をつくりてすぐるひとも、ただおなじことなり」 と。

「歎異抄」第十三章


 また、親鸞聖人は、「海川に網を引き、釣りなどの漁業をして暮らすものも、野山に鹿・猪・鳥を捕っていのちをつなぐものも、商いをしたり、田畠を耕たがやして生きるものも、まったく同じことである。

親鸞仏教センター『歎異抄』研究会 現代語訳


 ここにいらっしゃるわれわれもまた、日々いのちをいただいて、「いのちをつぐともがら」だということです。そのことを、われわれは日ごろ何かと忘れがちでいます。

 たとえば食卓に並んだ食べものは、すべていのちをつぎながら私たちの目の前に並び、それを食べることによっていのちに受けつがれるのです。そうやって、いのちがいのちへとつがれて生きていく。それが途絶えてしまうと、いのちは尽きてしまうのです。

 今日、お勤めしました正信偈しょうしんげ。正くは正信念仏偈という仏偈は、「帰命無量寿如来きみょうむりょうじゅにょらい」と始まります。この「帰命」とは、「命を帰す」と書きます。意味は「心から仏を信じる」となり、「南無阿弥陀仏」の「南無」にあたります。「無量寿如来」は「阿弥陀如来」のべつの呼び方です。「帰命無量寿如来」で「南無阿弥陀仏」と称えているのです。

 この「帰命」、「命を帰す」ところが「無量寿如来」、「阿弥陀如来」であるというのです。ここに「いのちをつぐ」ということの本質が現れているように、わたしは思います。わたしたちが「いのちをつぐともがら」であるというのは、ひとつひとつの「いのち」をまたべつの「いのち」に帰しながら、受けついで、受けついでしていることではないでしょうか。その連鎖のなかに「帰命無量寿如来」、すなわち「南無阿弥陀仏」という御念仏がそなわっていることを、わたしは、息子のセツもまた、釣り上げたヨシノボリを食べることによって知ることができました。

 ちなみにヨシノボリは、片栗粉をはたいて唐揚げにしていただきました。





 

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