隠された地図

2019年の7月に書いた『現代詩手帖』の連載、「生存のための書物 13」は、『新領土 VOL. V NO. XXX. OCT. 1939.』の編集後記に伝えられる1939年9月1日早朝、ナチスドイツがポーランドへ電撃侵攻を行った情報の逐一の報告である。





連載 生存のための書物13

隠された地図

『新領土 VOL. V NO. XXX. OCT. 1939.』

 昭和十四年九月十八日印刷納本、月刊詩誌『新領土』(第五巻第三十号〈十月号〉/アオイ書房)の最後のページ、編集後記のアンカーは永田助太郎(一九〇八-四七)が筆をとっている。「後記」の欄の、近藤東、村野四郎、Haru(春山行夫)の共同編集人の原稿はすでに組版され、残すところ一行十四字×十九行の空白を埋めれば、いよいよ校了という段で、永田は割付用紙にペンを走らせたのではないか。永田の後記はこう始まる。

 一九三九年九月三日午前一一時一五分、チェインバリレイの「今や英国は独逸と戦争状態にある」といふ布告とともにGreat War No.2 の幕は切って落とされた。

 一九三九年九月一日早朝、ドイツはポーランドへ電撃侵攻を行った。その二日後同月三日、イギリスとフランスはドイツに宣戦布告、ここに第二次世界大戦が勃発したことは、歴史が記す通りだ。後記に見える「チェインバリレイ」は、当時の英首相ネヴィル・チェンバレンで、彼は首相官邸からのラジオ演説で、大英帝国とドイツが戦争状態へ突入したことを発表した。それが、「一九三九年九月三日午前一一時一五分」(英時間)であった。わたしは、「Great War No.2」という言葉が、このラジオ演説のなかに現れるものと思ったのだが、ネットで目を通した演説全文(Wikipedia, "Neville Chamberlain")のどこを探しても、その文字は見当たらない。永田は、ヨーロッパから報じられる最新のニュースをいち早くキャッチし、それが「Great War No.2」の幕開けとなることを察して、後記を書き起こしたのではないだろうか。新聞を除く文献で、「Great War No.2」という、「第二次(世界)大戦」の呼称が日本で使われた、おそらくもっとも早い用例だろう。後記はこう続く。

 それよりさき、独ソの不侵略条約によつて、防共協定にヒビがはひり、阿部内閣の成立をみた(八月三〇日)。間もなく、九月一六日、満蒙国境での日ソ紛争の停戦が成立し、翌未明ソ軍は独逸に呼応するがごとくポオランドの東から侵入した。

 ここに現れる日付を見る限り、永田はこの後記を、九月十七日以降に書いている。ソビエト連邦によるポーランド侵攻が一九三九年九月十七日未明に始まったのであれば、少なくともそれが日本に伝えられるのは、翌九月十八日以降となろう。この時点で、奥付の「昭和十四年九月十八日印刷納本」は、建て前だと判るのだが、永田が校了目前で、世界を揺るがしつつあるヨーロッパ、そして満蒙国境(ノモンハン)における戦況に固唾をのんで聞き耳を立てている様子が、日付を追うことから浮かびあがる。後記はこう結ばれる。

 日支事変の膠着状態はこの二つの事情のために何等か転換を見るであらう。頼むべからざるは他力であると考へるのはあにひとり蒋介石のみならんや。

 わずかな文字数であるが、次号に廻すのでは遅過ぎるという切迫感が、おそらく責了ギリギリを承知でこの後記を書かせている。永田は、このとき「新領土」編集のアンカーの位置に立って、地球の裏側から刻一刻と届く情報を、自分たちの問題としてとらえることが、今日を生きる詩人の責務だと感じていたはずだ。こうした問題(客観的な現実)は自分には関わりのないこと、政治のことは政治家にまかせ、詩人は詩作に励めばそれで良いという及び腰な考えを改めさせている。ここに戦後詩、いや現代詩の胎動をかいま見る。

 永田助太郎は、この同じ号で、「愛は」という、彼のもっとも重要な詩作を発表する。その冒頭の一節。

愛は

みんなの王様ヨ みんなの王様

最初に混沌あり

次いで鳩胸の大地と

エロス エロスうまれたりとナ

オオ ララ オオ ララ

(永田助太郎「愛は Ⅰ」)

 わたしは、かつてこの詩に触れて、「ユーモラスであり、見ての通り明るく、言葉(音響)の充満のなかに読者を導くようなところがある。「愛」「エロス」という深淵なテーマが、そのまま「鳩胸の大地」に降りそそぐアルカイックな陽射しのように眩しく輝いている。」(「花さき鳥うたう現実を拾いに││永田助太郎ノート」)と書いた。そして、「その明るさが、モダニズムという詩の可能性のなかで、甘美に、清潔に、ラディカルに振るまおうとする、この詩人の非望を際だたせている」(同前)と記した。

 詩作ではオオ ララ オオ ララと気がふれたように歌い、かたや『新領土』編集人の立場から、第二次世界大戦の勃発を冷静な目で伝える書記として、一冊の誌面上に永田助太郎はふたつの顔を持って現れる。わたしは、「愛は」と、永田が「新領土」の編集子として書いた「後記」の数々を別立てで読んではいたのだが(永田の署名がある「後記」を『Love is 永田助太郎と戦争と音楽』〈季村敏夫・扉野良人編著、震災・まちのアーカイブ、二〇〇九年〉にまとめた)、一冊のうすぺらな『新領土』(第三〇号)を手にして、「愛は」と「後記」には関連性があり、意図して一枚の地図に配置されているように見えた。これは、発見だった。

 奇しくも同じ三〇号、若い鮎川信夫(十九歳!)が寄せた詩の一節が、この関連性(詩の世界と現実社会の止揚)を言いあてていると思えた。

技師の懐中にある正確な地形図は

地の脈を水の流れを変へるほど精密だが

小鳥や草の声とは無関係である

しかしこれらは何も意味しない意味はない

ただそこに時代の速度乃至歩調が見えてくるだろう

(鮎川信夫「雑音の形態」) 

 『新領土』という薄い冊子に、時代の速度と歩調を伝える、永田助太郎の隠された地図が今も封じられている。

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