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真野大野 河内神社の拝殿

 堅田の御檀家を参詣しての帰りに在所のこんもりとした木々に囲まれる神社が目を引いたので運転手さんに車を止めてもらった。今日は寺から堅田までタクシーの送り迎えのあるVIPな対応だった。



 能舞台のような建物が、中腹の本殿に通じる石段をまたぐようにして建っていた。

 社殿には舞台の下をくぐって石段をあがるのだろうと思ったが、見ると上段に行くに従って踏み面と床下の間が狭まって頭がつかえてしまう。はいつくばえば潜れそうだが。




 舞台の左右にも石段があり、左側のコースを通って社殿の前庭に出た。

 境内に氏子さんがいらしたので声をかけて話をうかがった。神社の名は河内(かわち)神社といい東大阪に本社があるそうだ。舞台は拝殿だった。拝殿は祭祀・拝礼を行なう本殿の前におかれる建物。5月5日は例祭で神輿が安置されると聞いた。祭礼では巫女が舞うこともあるという。しかし、今年はコロナで去年に続き中止となり、氏子のおじいさんは肩を落としていた。


 神輿を担いで境内を出るときには、拝殿の床を観音開きに跳ねあげて石段が社殿に通じて参道とつながる。参道が参拝者のためにあるのではなく神が通る道なのだと、ふだんは石段を封じている理由がわかるような気がした。





 氏子のおじいさんは、拝殿ではふだんは寄り合いなどをするのに使っていると話した。神前で決めごとをする、まさに政(まつりごと)である。

 いつだったか藤森照信さんが新聞で紹介していたのだが、朝鮮半島には「書院」と呼ばれる儒学者の私塾として各地に作られた学校建築がある。この河内神社の拝殿を見て、わたしは朝鮮の書院と似ているように思った。神木に囲われた境内で、板敷きの床に座って神事を執り行い、また政の舞台ともなる。「感覚を周囲の自然に向けて解き放つ」(藤森照信『奇想遺産 I』朝日新聞社、2009年)さまは、朝鮮の書院もここの拝殿も同じような佇まいをしている。





 河内神社の拝殿は築50年ほどらしいが、ずっと昔から同じようにしてあったそうだ。



(追記)

 河内神社の住所を調べると「真野大野」だった。堅田は最寄りの駅となる。

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