百年前の昨日1922年6月20日 井上正子日記

〈闘球盤〉 投球盤とも。四角い盤の中心に穴があり、周縁から丸く扁平な木製の球を指先ではじいて穴を狙って競いあう盤上ゲーム。滋賀県湖東ではカロムという名で継承される。


1922年(大正11)6月20日


六月二十日 火曜日 晴 起床六時 就眠十時

夜母上をおすすめして、闘球盤に向かう。始めは中々私は景気がよくってすぽりすぽりと一〇点が立つ。

若しも私が勝てば明後日の英語の試験が満点なんて思いながらする。

その中にどうした事か急に正子の方が悪くなり見る見る間に追いつかれてしまって、最後はとうとう一〇〇点どおしにお終いになった。 私のうらないが正しいのなら、英語の試験が一寸駄目らしいので悲観してしまった。





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1922年(大正11)6月27日 六月二十七日 火曜日 晴 起床六時 就眠十時 夜、父上、母上、弟は日暮し[等観寺]へお見舞いにおこしになる。 種ちゃんは依然としてよくもならねば悪くもならぬとの事である。 米国アメリカの兄さんは種ちゃんの小さい生が、暫くの中にうばはれるとの宣告を受けた事も知らないので、種ちゃんの夏服を送ったと云うお手紙が来ていると云う話を聞けば、胸のいたくいたくなる様な気がするの