百年前の昨日 1922年6月5日 井上正子日記

昨日は、「百年前の今日 1922年6月5日」として、昨日のうちに井上正子日記をアップできませんでした。

毎日日記をつけるというのは、書くことの習慣をいかに工夫するか、いっしゅの筋トレみたいなものだろうと思います。



1922年(大正11)6月5日


六月五日 月曜日 晴 起床六時 就眠十一時

木曜日に舞鶴へ修学旅行する事が掲示されてあった。

一度も行った事のないところであるし、お召艦めしかん香取を見学するのだから早速行く事を許していただく。
















御召艦〈香取〉と供奉ぐぶ艦〈鹿島〉

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1922年(大正11)6月27日 六月二十七日 火曜日 晴 起床六時 就眠十時 夜、父上、母上、弟は日暮し[等観寺]へお見舞いにおこしになる。 種ちゃんは依然としてよくもならねば悪くもならぬとの事である。 米国アメリカの兄さんは種ちゃんの小さい生が、暫くの中にうばはれるとの宣告を受けた事も知らないので、種ちゃんの夏服を送ったと云うお手紙が来ていると云う話を聞けば、胸のいたくいたくなる様な気がするの