百年前の今日 1922年5月26日 井上正子日記

1922年(大正11)5月26日


五月二十六日 金曜日 晴 起床六時 就眠十時


愈々いよいよ大々的な紀念事業は終はつた。何だか物足りない気がひしひしとする。

今日も午後は休業であつた。

新しく菅原先生(歴史の先生)がおこしになつた。



京都府立第一高等女学校の正門と校舎(『創立五十週〔周〕年記念帖』)

正門前の寺町通には市電の線路が見える。


「京都市全景」(『近畿地方パノラマ地図』清水吉康作図、金尾文淵堂、1922年)

赤い線は京都市電の路線。百年前の京都を伝える本鳥瞰図は、正子日記に書かれた京都の様子を如実に伝える。日記に現れた地名や名所旧跡を地図の上でたどれるように工夫して、正子日記の付録としてただいま同時編集中。

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1922年(大正11)6月27日 六月二十七日 火曜日 晴 起床六時 就眠十時 夜、父上、母上、弟は日暮し[等観寺]へお見舞いにおこしになる。 種ちゃんは依然としてよくもならねば悪くもならぬとの事である。 米国アメリカの兄さんは種ちゃんの小さい生が、暫くの中にうばはれるとの宣告を受けた事も知らないので、種ちゃんの夏服を送ったと云うお手紙が来ていると云う話を聞けば、胸のいたくいたくなる様な気がするの