百年前の今日 1922年5月25日 井上正子日記はお休み

1922年(大正11)5月25日


昨日の日記(5月24日)は、「明日は疲れ休みである」と結ばれるので、20日に開幕した京都府立第一高等女学校の創立五十周年記念行事が滞りなく修了し、日記をつけることも〈疲れ休み〉をとるといった塩梅だったのか。



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1922年(大正11)6月27日 六月二十七日 火曜日 晴 起床六時 就眠十時 夜、父上、母上、弟は日暮し[等観寺]へお見舞いにおこしになる。 種ちゃんは依然としてよくもならねば悪くもならぬとの事である。 米国アメリカの兄さんは種ちゃんの小さい生が、暫くの中にうばはれるとの宣告を受けた事も知らないので、種ちゃんの夏服を送ったと云うお手紙が来ていると云う話を聞けば、胸のいたくいたくなる様な気がするの